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国際問題コラム「世界の鼓動」

メイ首相の「強硬離脱」宣言:結局メルケルの勝ち?

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

英国のメイ首相が「単一市場」も含めてEUからの「強硬離脱」(日本経済新聞の表現)を表明したことは、日本のメディアでも大きく伝えられましたよね。1月18日付の日経は、「国民投票で示された民意を重視し、強硬離脱に傾いたメイ首相が、移民制限や司法権独立など英国の権限回復を優先させた」と伝えています。ここをクリックすると、1月17日にメイ首相が行った演説の動画とテキストを見ることが出来ますが、メイ首相は「英国がどのような国であってほしいのか自分に問いかけよう」とした上で次のように述べています。

私の答えははっきりしている。私は英国がこの変化の時代を生き抜いて、これまで以上に強く公正で団結力に富み、しかも外向きの国となることを望んでいる。
My answer is clear. I want this United Kingdom to emerge from this period of change stronger, fairer, more united and more outward-looking than ever before.

そしてメイ首相はそのような新しい英国を「真にグローバルな英国」(a truly Global Britain)と呼んでいます。一方、Newstatesmanのサイト(1月17日)に掲載されたコベントリー大学のマシュー・クオトラップ(Matthew Qvortrup)教授のエッセイによると、

ティリザ・メイのEU離脱演説はアンゲラ・メルケルの勝利の表れ
Theresa May’s Brexit speech is Angela Merkel’s victory

なのだそうであります。つまりメイ演説は、離脱に関する正式交渉を開始する前からメルケルに突き付けられた「最後通牒」(ultimatum)を受け入れることを認めたのと同じであり、「英国の弱い立場」(Britain’s weak position)を示したにすぎないということです。

メイ首相は英国が単一市場を出ていくことを、否応なしに受け入れざるを得なかったのである。
The Prime Minister has been forced to accept that Britain will have to leave the single market.

「英国は出て行く」(UK will be outside)とか「中途半端はあり得ない」(no half-way house)などの言葉を聴くと、かつてのサッチャー首相の強硬姿勢を想起させるけれど、教授に言わせると、メイは離脱交渉が始まる前から「陥落」(cave in)したのと同じことである、と。英国のEU離脱をめぐって昨年(2016年)7月にメイとメルケルが会談したのですが、その際にメルケルが明言したのが “there could be no Rosinenpickerei” ということだった。“Rosinenpickerei”はドイツ語で「いいとこどり」(英語で言うcherry picking)という意味なのだそうです。別の言い方をすると、去っていく英国には「選択の自由はない」(Britain was not free to choose)ということであり、メルケルのその立場は今でも変わっていない。

メルケルはドイツ首相の座に11年間君臨しており、EU離脱をめぐる英国とのすったもんだも、メルケルを見てきている人間からすると「以前にもあった」という感じなのだそうです。2011年と2015年に起こったギリシャの債務危機、2008年の金融危機をめぐるドイツ国内の銀行とのさまざまな交渉などが例として挙げられる。これらの交渉事においてメルケルがとる姿勢は常に「待ちのゲーム」(waiting game)なのである、と。相手が自らの手の内を見せるまで、じっくり待ちの姿勢を貫くことです。それが「メルケル流」(merkeln)なのだそうです。

クオトラップ教授によると、メルケルが他の政治家と異なるのは「慎重な分析」、「舞台裏の外交駆け引き」、「ドイツの国益を追求する断固たる姿勢」であり、これが英国のEU離脱に関する交渉が始まってもいない時点から見え隠れするとのことであります。

BREXITを支持するアメリカのドナルド・トランプが、大統領就任前、The Timesとのインタビューで、英国との間で2国間貿易協定を「早期に」(very quickly)締結するという意向を示すと同時に、メルケルの難民受け入れ策が「破滅的な誤り」(catastrophic mistake)であると批判したことが、英国メディアでは大きく伝えられた。クオトラップ教授は、アメリカとの2国間貿易協定の締結は英国にとって結構なハナシかもしれないけれど、2015年の数字として英国の対EUの輸出額が2230.3億ポンドであり、それが対米輸出の5倍にもあたることを指摘しています。

さらに教授が指摘するのが、英国の主なる輸出が金融を始めとするサービス産業によるものであることです。英国政府統計局の数字によると英国経済の79%がサービス産業に依っている。サービス産業の代表格ともいえる金融業界にとって、EUの単一市場へのアクセス、熟練労働力の自由な往来ができなくなる痛手は大きい。そうなると金融業の多くがロンドンからEU域内に移転することも考えられる。教授によると、それで得をするのはドイツということになる。ヨーロッパ大陸における最大の金融センターはフランクフルトだからです。

今年8月~10月のどこかでドイツ連邦議会の選挙が行われるけれど、英国の首相がEUの単一市場へのアクセスを求めないことを「自発的に」決めたことは、ドイツの首相にとってはトラブルのタネが一つ減ったことになり選挙にとってのプラス材料となる。さらにEUを離脱した国はEUの単一市場にアクセスすることが難しいということが英国の例で明らかになったのだから、これから英国にならってEUを離脱しようとする国にとっては思いとどまる理由の一つにはなる。ましてや金融センターとしてのフランクフルトの繁栄に繋がるともなると、移民受け入れ策で悪評サクサクだったメルケルにとっては願ってもない追い風が吹くということにもなる。

昨年、英国でEU離脱のキャンペーンが行われていたとき、離脱派が作ったポスターに「EUを離脱してドイツの前進を阻止しよう!」(Halt ze German advance)というのがあったらしいのですが、メイ首相は「強行離脱」を発表することで、却ってドイツの力を強くすることに貢献してしまったかもしれない(Mrs May will strengthen Germany at Britain’s expense)とクオトラップ教授は言っています。

 

2017年1月25日 up date

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