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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
自動運転のクルマ(driverless car)というのが現実のものとなりつつあると言われていますよね。むささびのように車の運転を止めてしまった年寄りにとって、自分がハンドルを握らなくても希望の場所へ連れて行ってくれるクルマなんて夢みたいなハナシです。が、英国の保守派の雑誌、The Spectatorに掲載されたトビー・ヤングという人のエッセイによると「自動運転車によって生活はいま以上に悪くなる」(How driverless cars will make your life worse)とのことであります。
自動運転車の推進派によると、いいことずくめであります。「コスト」が普通の車より低い可能性がある。この「コスト」には車自体の値段以外の要素も含まれている。例えば人間ではなくて機械が運転してくれるのだからミスがない、ミスがないから事故もない、事故がないと自動車保険も安くなる。さらに人間が運転するよりはるかに燃料効率に優れた運転をしてくれることは間違いないのだから、ガソリン代が低くて済む。また、みんながこの種の車を使うようになれば車間距離も殆ど数十センチで走っても事故は起こらない(ようにできているはずだ)から渋滞が少なくなり、移動時間も短くて済むようになる。大都市では自動運転車以外の運転を禁止すれば、信号なんかなくても事故も起こらずにスムーズに車が流れる・・・というわけです。
ヤングによると、推進派の楽観論はお話にならない。まずコストですが、確かに保険料金は安くなるかもしれないけれど、車が古くなることによる中古車としての価値・価格の下落はどうなるのか?技術の粋を尽くして作られる自動運転車ですが、技術革新のペースもすごいものになる。つまりあっという間に「中古車」になってしまう。そうなると性能・装備の点でレベルの違う無人車が道路上で混在することになり、事故が続発する、と。かと言って、中古車を禁止することなどできっこない。
リーズ大学のザイア・ワダッド教授によると、自動運転車の時代が到来するのは約20年後であり、その頃になると車両による道路の利用率がいまより60%も上昇すると推定されているのだそうですね。年寄りが運動神経が鈍ったからと言って、現在のように免許証を返上することがなくなる。自分が運転するのではないのだから当たり前です。長距離の貨物輸送も鉄道よりもdoor to doorで運んでくれる自動運転トラックが使われるようになる。要するに公共の乗り物ではなく車で移動しようとする人の数が爆発的に増えるということです。当然、交通渋滞がいまよりは頻発するから、自動運転車の方が移動時間が短いという理屈は成り立たない。
トビー・ヤングがさらに指摘するのは、自動運転車が、いまでも存在する社会的な不平等をさらに悪化させるということです。例えばロンドンが自動運転車以外の車の乗り入れを禁止したとする。運転速度を同じものに規制しようとしても画一性を毛嫌いする英国人の場合はこれを受け入れようとしない。時速20マイル(約30キロ)のスローレーンは運転料金が10ポンドで済むけれど、30マイル~40マイルレーンともなると50ポンドもとられる。スローレーンを運転していて、会議に間に合わないとなるとクイック・レーンに切り替えることはできる。しかしそのためにはとんでもない料金を払わなければならない・・・チキショー、いっそのこと地下鉄に乗っておけば良かった!と後悔する。が、実際には地下鉄を使うと同じ場所へ行くのに70ポンドもかかるかもしれない。自動運転車の普及によって地下鉄の利用客が減ってしまい、乗車賃を大幅に値上げせざるを得なかったというわけです。つまり地下鉄が金持ちだけに利用される乗り物になってしまった!? だから・・・
自動運転車は、遅くて高くて、社会的分断を加速させる。こんなものは蕾のうちに摘み取っておいた方がいい。
Driverless cars will be slower, more expensive and socially divisive. We should nip this technology in the bud.
というのがヤングの結論です。