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国際問題コラム「世界の鼓動」

リベラル天皇の “long goodbye”

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

7月16日付のThe Economistが天皇の「生前退位」のことを話題にしています。主見出しが “The long goodbye”(長いお別れ)で、準見出しが “A remarkable figurehead wants to step down” となっています。”figurehead” は「象徴」という意味で、”remarkable” は「特別な」とか「特筆に値する」という意味ですね。あるいは別の英語でいう「ユニーク」ということもある。ケンブリッジの辞書には例文として “Nelson Mandela is a truly remarkable man” という文章が出ている。

で、今上天皇の何が “remarkable” なのか?太陽の女神であるAmaterasuの末裔であり、かつてその名を利用して全面戦争が行われてしまった「現人神」(man-god)の息子・・・なのに慎み深いクエーカー教徒(ヴァイニング夫人)から教育を受け、趣味はというと、ごく地味な魚の科学の追求。ただ生まれつきの謙虚さ(innate modesty)とは裏腹にお住まいの皇居は人口密集都市である東京のど真ん中の115ヘクタール、この大都会は文字通り天皇を中心に回転しているというわけです。

天皇としての公務の遂行についても「ユニークなところが多い」(anomaly)とThe Economistは言います。例えば被災地などを訪問すると、必ず膝をついて被災者を慰めようとする。またアジア各地を訪問して、軍国主義・日本の過去に触れる微妙なスピーチもこなしている。日本そのものは右方向に動いているにもかかわらず、である、と。

国内では安倍晋三首相が日本の過去を美化しており、彼の閣僚たちも軍国主義を美化する靖国神社を参拝したりしている中で、天皇はその神社への訪問をはっきりと拒んでいる(pointedly refuses)。The Economistの記者がある右翼人にリベラルな天皇を持っていることをについてどのように思うのかを尋ねたことがある。その右翼の返事は「いずれはいなくなる」(one day, he would pass)というものであったのだそうです。

現在の天皇の父親の時代は、日本が軍国主義から経済大国へと変貌した時代でもあった。しかし現在の天皇の時代は、ゆっくりとはいえ経済的な力が衰えてきた時代でもあった。膝をついて災害の被害者の話に耳を傾ける天皇の姿を目にすると、そのような時代を受け容れる姿勢のようなものもうかがえるとThe Economistは言っている。

ただいわゆる「生前退位」(to step down)を実現するには法改正が必要であり、息子のPrince Naruhitoにとっては天皇という役割はかなりきついものになる可能性がある。The Economistによると、日本の皇室は事実上宮内庁に捕らわれの身となっているようなものなのだそうです。宮内庁というところは世界最古の世襲君主制を取り仕切っているだけに「殆ど理解不能な役所」(gnomic bureaucracy)なのだそうであります。例えば宮内庁は現在の皇太子の妻を「帝国出産機」(imperial birthing machine)扱いし、それが故に彼女は鬱に取りつかれたりもしている。という事情なので

(皇太子の)Naruhitoが、(日本の)君主制を一手に取り仕切る勢力の手綱を操るくらいならテムズ川上流で船を操っていたいと考えるかどうか、そのあたりはまだはっきりしていない。

Whether Naruhito would rather navigate the upper Thames than the forces that swirl around the monarchy remains unclear.

とThe Economistの記事は結んでいます。締めくくりの文章にある「テムズ川上流で船を操って・・・」というのは、いまの皇太子が「18世紀イングランドにおける水路」を研究したことにひっかけての表現です。つまり「宮内庁などという得体のしれない役人たちと付き合うくらいなら、イングランドの運河について勉強した方がまし」と皇太子が考えているかどうか、はっきりしない・・・という意味です。

2016年7月24日 up date

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