NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

ベルギー人編集長の悲痛

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

ブラッセルにおけるテロ事件(3月23日)の翌日付のBBCのサイトが「視点」(Viewpoint)と題して “Don’t drink bombers’ deadly cocktail”(テロリストが作る死のカクテルを飲むな)という見出しのエッセイを載せています。書いたのはギー・ゴリス(Gie Goris)というベルギー人のジャーナリストなのですが、彼はまた “MO*” というベルギーの雑誌の編集長でもあります。

ゴリス氏は書き出しでウズベキスタンの諺(ことわざ)を引用しています。

橋を作るのは一人でも、何千人もの人間がこれを渡る
One man builds a bridge, a thousand men cross it

彼としては、この諺を「ベルギーの国とブラッセルのイスラム教コミュニティの間の双方向の付き合い」(two-way engagement between Muslim communities in Brussels and the Belgian state)を促進すべきだと言いたくて引用したとのことなのですが・・・。
ゴリス氏によると、今回の事件を起こしたテロリストたちの狙いは、まさにベルギーという国とブラッセルで暮らすイスラム教徒たちの間の「橋」を破壊することにあった。けたたましいパトカーのサイレンを聴きながらゴリス氏は、言うべき言葉を失っていたのですが、その間にもツイッターだのフェイスブックのようなメディアにはテロリストやイスラム教徒を攻撃する書き込みが洪水のように投稿されていた。

ゴリス氏によると、テロリストたちの狙いはベルギーに対して戦争を仕掛けることではない。あくまでも市民の間に恐怖と不信感を蔓延させることにある。例えば

地下鉄になど乗らない方がいいかな?
Will I take the metro to get to the station?

あそこに置いてあるあの大きなスーツケース、あれは何だ?

What’s that large suitcase doing there?

あの男、怪しくないか?

Does that man look suspicious?

のような不信感です。社会の分断を促進するために必要なものは何か?それは市民の間の不信感であり、憎しみです。それを作る原材料になるのが「怒り」(rage)と「恐怖」(fear)と「猜疑心」(suspicion)で、テロリストたちはこれらを混ぜ合わせた「死のカクテル」を作ることに長けている。問題は、我々がそれを飲んでしまうのかどうかということだ(Are the rest of us compelled to drink it?)と筆者は言います。
今やベルギー中に「テロリストたちを打ちのめせ」という強硬論が溢れかえっているけれど、実は誰にも何が何だか分からないというのが現状なのだそうです。つまりこのように非人間的(inhuman)でひどい暴力がなぜ存在するのか、全く理解できないということ。その種の戸惑いは皆に共通している。最悪の場合は、その戸惑いを利用する政治的なご都合主義(opportunism)の蔓延を許すことになる。そこで最初の部分でゴリス氏が引用した「橋」にまつわるウズベキスタンの諺の話になる。

我々に必要なのは「橋」であり「一つになる」ということである。政治的な暴力を拒否する者同士が手をつなぎあわなければならない。みんながみんなを必要としているのだ。
What we need are bridges and oneness. We should embrace everybody who rejects political violence. We need everyone.

ゴリス氏によると、いまベルギーが必要としているのは、テロリストたちが打ち込んだ楔(くさび)が、怒りの市民によって社会にさらに深く入り込んでしまうことを防止することにある。そのためにベルギー政府にはやらなければならないことが山積しているわけですが、ゴリス氏は、2012年にノルウェーで若者が銃を乱射して大量殺人を行った際に当時のノルウェーのストルトンベルグ首相が国民に呼びかけたメッセージを紹介しています。

我々はいまだに(乱射事件からの)ショックに打ちひしがれている。しかし自分たちが大切にしている価値観を忘れることだけはしてはならない。殺人者に対して我々は、より大きな民主主義、公開性、人間性によって立ち向かわなければならない。我々は憎しみに対して愛で応えるということだ。
We are still shocked by what has happened, but we will never give up our values. Our response is more democracy, more openness, and more humanity. We will answer hatred with love.

ゴリス氏はベルギー国民の団結(unity)を訴えているのですが、自分たちが理想としている社会はさまざまに異なる意見や思想の持ち主が共存する社会であり、団結して守るものの中には「意見の違い」(disagreement)という現象も入っている。アメリカ政府の紋章には “E PLURIBUS UNUM” というラテン語が刷り込まれており、訳すと「多くが一つになる」(one from many)で、「多様性が生む団結」(unity from diversity)ということにつながるとゴリス氏は読者に呼びかけています。

2016年4月3日 up date

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