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国際問題コラム「世界の鼓動」

日韓「慰安婦」合意:「英国メディア」の伝え方

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

従軍慰安婦問題に関する日韓の「合意」についての英国メディアの取り上げ方をいくつか紹介します。Guardian, The Economist, Financial Timesのサイトに掲載されたものです。The EconomistとFinancial Timesが「英国メディア」と呼べるのかどうか分からないし、Guardianにしてもネット版の読者はむしろ海外の方が多いくらいなのだから「英国メディア」というより「国際メディア」と言ったほうが正確ですよね。いわゆる「国際世論」の形成に影響を与える可能性のあるこれらのメディアがどのように伝えているのか・・・ということです。

苦痛は否定できない

まずガーディアンですが、12月28日付の「社説」(Guardian view)でこの問題を取り上げています。見出しは「過去の傷を癒すための一歩となるだろう」(one step towards healing the wounds of the past)となっており、書き出しは

第二次大戦中、最高で20万人もの女性(その多くが朝鮮人)が性奴隷の扱いを受けた。いま日本がようやく謝罪した。
Up to 200,000 women, many Korean, were reduced to sex slavery during the second world war. Now, at last, Japan has apologized

となっています。”at last” という言葉がガーディアンのメッセージを表現しています。社説は前半の部分で、日本軍が女性を性奴隷扱いしたことへの日本の謝罪が「極めて遅かった」(long overdue)ことを強く非難しながらも、今回の合意は東アジアの安定に向けて「明らかな一歩が踏み出された」(a clear step forward has been taken)ものだと言っています。

この社説は安倍首相について「日本のナショナリズムを煽り立てる首相として知られている」としながらも、今回の合意については「ビジョンを持って行動した」(visionary)と評価しているのですが、これにはもちろんアメリカからの圧力があるし、ひょっとすると昨年(2015年)初めに日本を訪問したドイツのメルケル首相との対話も影響しているかもしれないとしている。

この問題については、日本自身の責任は否定のしようがないけれど、韓国においてこのことによって利益を得た人びと、そしてこれらの女性をリクルートした日本人らの役割と責任も問われなければならない、とガーディアンは言っています。

外交上の「合意」というものは、相互に対立する国としての記憶を和解させるという点では意味があるが、そこまでの話である。数年前にある韓国の歴史家が、これらの女性の中には、貧しさと絶望が故に自発的な売春行為に走った者もいると主張したことがある。が、否定のしようがないのは(これらの女性たちが被ったであろう)苦痛そのものなのである。
A diplomatic agreement can only go so far in reconciling conflicting national memories. A few years ago, one Korean historian claimed some of the women, poor and desperate, volunteered for prostitution. But what cannot be doubted is the suffering itself.

安倍さんは「夢見る右翼」

12月29日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)には、Joji Sakuraiというジャーナリスト・エッセイストによる「タカ派の政治家である安倍晋三氏が韓国との仲直りを実現した理由」(Why it took hawkish Abe to bury the hatchet with Seoul)というエッセイが載っています。この人は、安倍首相が国内の右派勢力からの反発に直面することは承知の上で「勇気と現実主義」(courage and pragmatism)を発揮したことを大いに評価しています。ただ安倍さんの「現実主義」の背後には、彼を取り巻く現実主義的で明確な将来展望を持った(clear-sighted realists)ブレーンの存在があったことに触れて、特に菅官房長官の存在を高く評価しています。

ロマンチックなナショナリズム(彼の本音)と勇気ある経済・外交政策の遂行(日本の繁栄にとって唯一の道)の二者択一を迫られた安倍氏は「心」ではなく「頭」に耳を傾け、後者を選択したということである。
Faced with the choice between the romantic nationalism close to his heart, and the recognition that only bold economic and diplomatic measures can restore his country to prosperity, Mr Abe appears to have listened to his head and chosen the latter.

韓国の苦悩

12月30日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)には、今回の「合意」に関する韓国側の事情についての記事が出ています。書いたのはSong Jung-aという記者なのですが、主として韓国のシンクタンク、アサン政策研究所(Asan Institute for Policy Studies)のBong Young-shik研究員のコメントを引用する形になっている。

それによると昨年(2015年)4月に安倍・習近平会談が実現、同じ月に安倍首相がアメリカを訪問、これが「大成功」と言われ、そして11月に日米韓の首脳会談が実現している。

(この日米韓首脳会談において)安倍首相が従軍慰安婦問題を年末までに解決する希望があると表明、これが韓国側には驚きであるとともに、このままでは韓国の外交上の孤立が深まるのではないかという恐れが深まった。
But Seoul’s fear of diplomatic isolation must have deepened after Mr Abe at the summit surprisingly expressed his desire to settle the issue by the end of the year.

韓国はアメリカと中国の間に立って「バランスのとれた外交」を目指しており、2015年9月3日の北京における軍事パレードに朴大統領が参加することで中国寄りという印象を与えたことについて懸念する意見が韓国内にあった。従軍慰安婦を巡る日本との「合意」によって、朴大統領は中国寄りとの「批判」を避けることはできるかもしれないわけですが、Bong Young-shik研究員は、これまで朴大統領に対して借りがあると考えていた中国側は、この日韓合意のおかげで韓国に対して気兼ねすることなく北朝鮮と付き合えるという気持ちになったのではないかと言っている。

永続きするのか?

最後に1月2日付のThe Economistですが、今回の「合意」について、オバマ政府が「欣喜雀躍」(cock-a-hoop)であることは間違いないけれど、実は韓国内でも日韓関係の行き詰まり状態を憂慮する声はあり、朴大統領があまりにも中国寄りに傾きすぎるという批判の声もあった、と伝えています。北朝鮮の危機に対処するためには米韓日の3カ国による協力が欠かせないということなども含めて、これらのことが朴大統領に分かるまでにちょっと時間がかかった(It has taken time for Ms Park to see all this)と皮肉な言い方をしている。

問題はこの「合意」が永続きするものなのかということ。日本国内の右翼は安倍に裏切られたと思っているけれど、現在の安倍政権の安定度からすると、それは大した心配事ではない。安倍さんは言葉では「ごめんなさい」(saying sorry)とは言ったけれど、法的な責任を負ったわけではない(それは1965年の日韓条約で解決済みとされている)。またオーストラリア国立大学(Australian National University)のテッサ・モリス=スズキ教授によると、今回の合意は、1993年の河野談話からは後退している。河野談話では、これらの女性が日本軍によって「強制」(coercion)されたことを公的に認めている。今回の合意では、女性たちの募集について日本軍が「関わった」(involvement)とは言っているけれど、「騙した(deception)」とか「強制した」(force)という言葉は使われていないのだそうです。延世大学のChung-in Moon教授などは、この合意を「壊れやすい」(fragile)ものだと言っているのだそうです。ただThe Economistは

うまくいけば、世界の危険地帯とも言えるエリアにおける二つの民主主義国がお互いに話もしない状態に戻ることが実にアホらしいと思えるときが間もなく来るだろう。
With luck, the idea of two democracies in a dangerous corner of the world not talking to each other will soon look too absurd to go back to.

と書いています。

2015年12月26日 up date

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