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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
7月11日付のThe Economistに “A case of imperial overstretch?”(帝国主義的やりすぎの例か?)という見出しの記事が出ています。話題にしているのは公共放送であるBBCの「やりすぎ」です。
BBCは基本的に視聴者から集める「ライセンス料金」(受信料:一世帯あたり年間145.50ポンド)によって運営されています。これの収入が年間約37億ポンドなのですが、英国の場合、家族に一人でも75才以上の人がいるとその世帯のライセンス料金はタダなのですね。と言ってもBBCにお金が入ってこないというわけではなく、政府(労働・年金省:Department for Work and Pensions)がこれら高齢者世帯に成り代わってBBCに支払っている。政府の福祉関連支出というわけです。この額が年間6億5000万ポンド、BBCにとっては全ライセンス収入の18%にあたる。
最近、財務省とBBCが話し合いをした結果、この高齢者世帯のライセンス料金6億5000万ポンドは政府ではなくBBCが負担することで合意を見たとのことです。つまりこのお金が国民の税金で賄われるということがなくなったということです。ことし5月の選挙の際に保守党が掲げた公約の一つに社会福祉予算の削減というのがあるのですが、今回の合意によって、結果的には福祉関連の支出が6億5000万ポンド節約されたのと同じことになったのだから、オズボーン大臣にとっては大きな成果であったわけです。
で、The Economistの記事の見出しであるBBCの “imperial overstretch”(帝国主義的やりすぎ)の話になるのですが、BBCとの話し合いの際に財務省が指摘した「やりすぎ」というのは、現在のBBCが潤沢なライセンス収入をいいことに、本来の公共サービス以外の分野にでしゃばり過ぎているということです。その具体的な例として挙げられたのがBBCのホームページの充実ぶりで、中でもシンボリックなのが、ホームページ内にある料理のレシピコーナーだった。
BBCはその活動を本来の公共放送活動に絞らなければならないとして、特に民間放送や新聞・雑誌の出版社などと直接競合するような分野での活動は慎しむべきだ・・・というのがオズボーン大臣の主張だった。やりすぎを自粛すれば支出も少なくて済むのだから、高齢者世帯への無料放送サービスくらいはBBCがやれということです。6億5000万ポンドの収入がなくなるというのはBBCにとっては痛いのですが、それくらいは(例えば)ホームページのクォリティを下げたり、レシピ情報コーナーなど廃止したっていいのでは?ということです。
BBCのライセンス料金収入の使われ方(2014~2015年)。世帯あたりの一ヶ月の負担額はテレビ:7.27ポンド、ラジオ:1.94ポンド、その他:1.58ポンド、国際放送:0.73ポンド、インターネット:0.61ポンドなどとなっています。世界中で、毎週約3億人が何らかの形でBBCのサービスを利用しているのだそうです。 |
ただ6億5000万ポンドをBBCの負担にさせるアイデアについては、元BBC会長のサー・クストファー・ブランド(Sir Christopher Bland)などから「社会政策として行われてきたものをライセンス料金に移す」(transferring social policy on to the licence fee)というやり方は、いかにも役人的なずるいやり方だ」という批判もあるようです。
高齢者世帯に免除されているライセンス料金(6億5000万ポンド)を政府が払うことを止めるということで財務大臣は「してやったり」という感じなのですが、BBCもさるもので、この約束をする際に、今後の高齢者世帯向けの支払い免除という制度そのものをBBCが見直す権利を確保したのですね。つまり極端に言うと、将来は「免除」そのものを廃止したって構わない、ということ。
ただ、そうなると高齢世帯の中には料金を払えないというところも出てきますよね。現在の取り決め(BBC憲章)ではライセンス料金を払わないと1000ポンドの罰金刑に処されるという決まりになっている。The EconomistによるとBBC憲章は来年見直されることになっており、政府がそれを機にこの罰則規定を廃止することを考えている。それをやられると、現在罰金として入ってくる2億ポンドの収入がなくなってしまうというわけでBBCにとって困るわけ。「敵もさるもの」ということです。