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最後に国境を越えた交流という空間軸が、伝統の継承という時間軸を刺激するという話をしたい。
今回の公演団の最長老である当年90歳の三上岩富太夫 (前頁の写真)は、戦争が終わった昭和20年から70年間、鵜鳥神楽を演じてきた。長い芸歴でも海外公演は初めてだ。「まさかこの齢で外国に来るとは思わなかった」と公演前に訥々と語っていた彼が、目の前の舞台で汗だくになりながら力強く太鼓を叩いている。張り切りすぎて倒れるのではないかとこちらが心配になるぐらいだ。仲間の神楽衆から「今日の三上さんは、声がよく通っているなあ。張りがあるし」と感嘆の声があがる。インドネシアのお客さんの反応がよいので、やる気に火がついたようだ。
かつてインドで、消滅の危機にある伝統芸能を国際交流プログラムで復活させようとした時も、年老いた往年の名手が外国の青年たちに「観られる」ことによって、躍動感を取り戻したのを目撃したことがある。その時と同じだ。
「山の神」「恵比寿」を舞ったのは、三上さんとは70の歳の隔たりがある二十歳の若者、笹山英幸さんである。彼も海外旅行は初めての経験。インドネシアという国がどんな国か想像もつかなかった。
普段は冬の寒い時期に行われる神楽を、熱帯のジョグジャカルタにて一人で演じたのだ。大変な体力の消耗だっただろう。演じている最中、意識がもうろうとした局面もあったようだ。お面のなかは汗がたまり、それが目に入って痛かったという。
それでも大喜びのインドネシア人客と記念撮影をしながら、普段は控えめな若い伝統芸能の担い手は、インドネシアに来てよかったと晴々した表情を浮かべた(写真 中央が笹山さん)。
空港で別れ際に、「日本の神楽がこんなにインドネシアで喜んでもらえるとは想像もしなかった」「今度来る時は、神楽を継承する若い仲間を集めて一緒に来たい」。そんなことを少し恥ずかしげに、でも嬉しそうに話していた。
インドネシア公演が、鵜鳥神楽の再評価につながり、長く続いてきた至宝のような伝統の継承に少しでも貢献できたなら、これほど嬉しいことはない。(了)
(笹山英幸さんが震災後の鵜鳥神楽にかける思いについて、岩手県が製作した以下のユーチューブを参照)