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理事長 池田 維
(元交流協会台北事務所代表 元外務省アジア局長)
昨年11月末の台湾の統一地方選挙の結果をめぐり、明らかになった点は、(1)国民党が予想以上に大敗したこと (2)最大野党民進党は躍進したが、だからと言って、一年後の総統選挙において、民進党が圧倒的に有利になった、と言うのは早過ぎること(3)台北市長選挙に見られたように、無所属・中間派の勢力伸長 などである。
国民党の敗北を受けて、馬英九総統は党主席を辞任し、新しい主席に朱立倫氏が就任した。同新主席は統一地方選までは、国民党の「プリンス」と見做され、一般に馬英九総統の後継総統候補とされてきた。しかし、朱・新主席は新北市の市長選挙において、民進党候補に僅差で辛勝したに過ぎなかったことから、そのイメージは大きく傷ついた。そのため本人は国民党主席選挙では党主席に選出されたが、次期総統選挙には出馬しないと、早々の意思表明を行った。
朱・新主席のこの態度表明は、何より今日の国民党の低迷ぶりを物語っている。あと一年間しかない総統選挙のタイミングなどから見て、多分そのとおりになるであろう。
台湾では、昨春の学生デモ「ひまわり運動」や統一地方選での首都台北市選挙における無所属・柯文哲氏の選出に見られたように、国民党政権の内政、対中国政策に対する批判が高まりつつある。とくに、馬英九政権の過去6年半における中台間の経済・人的接近に対し、多くの台湾人が危機意識を持つようになっている。
観光客を含む人的交流や経済交流を通じ、接触が多くなればなるほど、台湾の人々にとっては、台湾人と中国人の違いがより強く意識されるという。この流れは中国にとってなんとも皮肉な現象だ、といえるだろう。また、昨秋の香港における若者の民主化要求デモに対する抑圧は、台湾では、一党独裁下の中国統治の現実をよりよく認識させ、中国への不信感を一層高める影響をもたらした。
馬英九政権のこれまでの6年半、中国と台湾(国民党)の関係は「92年コンセンサス」と呼ばれる、同床異夢ともいうべき「コンセンサス」に基づき進展してきた。台湾側では、この「コンセンサス」とは「一つの中国・各自解釈」というものである。台湾側の解釈では「一つの中国」とは「中華民国」を意味する。これに対し、中国の「92年コンセンサス」の立場は「一つの中国」であり、「各自解釈」の部分を含んでいない。つまり、中国の立場はあくまでも台湾は中国の一部ということになる。
今日の民進党はこの「92年コンセンサス」なるものが曖昧であるとして、受け入れを拒否している。「コンセンサス」自体はたしかに曖昧なものであるが、中国とビジネスを行っている台湾の企業関係者はこの「コンセンサス」を受け入れることが、中国との関係で一種の免罪符となってきた現実を身に沁みて知っている。特に、前回2012年の総統選挙では、この「コンセンサス」を受け入れるかどうかが、中国とビジネスを持つ台湾企業家たち(「台商」)にとっては踏絵の役割を果たした。
来年の総統選挙で復権を狙う民進党としては、この問題に如何に対処すべきか、目下、民進党関係者を中心に多くの論議が交わされている状況にある。民進党は台湾の事実上の主権を守りつつ、中国と一定の距離を保ちながら良好な関係を維持するための方策を見出すことが課題であり、直ちに台湾独立を打ち出す構えをみせていない。
習近平体制下の中国は、今後とも硬軟両様の方針で台湾に対処しようとしており、場合によっては武力解放を辞せず、との姿勢を示している。しかし、今後、国民党、民進党にどのように対応するのが適切か、いまひとつ明瞭な具体的対応策を打ち出すに至っていない。
いずれにせよ、中国としては台湾、香港などで見られる若者を中心とした民主化要求デモに直面して、その扱いのむつかしさに困惑しているというところだろう。そして中国自身、民主化要求デモが中国内部に波及することをひそかに恐れているように思われる。