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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
フランスの週刊誌、「シャルリーエブド」(Charlie Hebdo)の本社が銃撃されて12人もの死者が出た事件があったのが1月7日。それ以来、英国メディアのコメント欄は「報道の自由を守れ」とか「シャルリーエブドと団結しよう」という類の記事やコメントで埋め尽くされていました。
というぐあいです。どれもやや感情的という気がしないでもない。そんな中で、The Independent紙のサイトに掲載されたパトリック・コクバーンという中東専門記者の
Taking the heat out of the conflict with Assad may help to turn the jihadi tide
アサドとの戦いを鎮めることがイスラム聖戦の流れを変えるかもしれない
という記事がむささびの目を引きました。シリアの内戦とパリのテロ事件を結びつけているようなニュアンスですよね。掲載されたのがテロ事件が起こった当日であり、しかも感情的にテロを非難するという類のものではなさそうであったことがむささびが注目した理由です。
このエッセイは「パリのテロは不可避だったという感覚がある」(There is a feeling of inevitability about the attack in Paris)という書き出しになっている。すなわちこれがイスラム過激派によるものであることは間違いないし、シリアやイラクにおけるイスラム同士の宗教戦争が世界的に拡散する中で起こるべくして起こったこと、とコクバーンは書いています。
2011年以来続いているシリアの内戦はアサド大統領の政権側と反政府勢力の戦いであるのみならず、反政府勢力そのものがサウジアラビアが支援するイスラム原理主義勢力(アルカイダ、イスラム国など)とトルコが支援する西欧的民主主義勢力が対立している。一方で「政権側」とされる勢力にも、ロシアが支援、アサド大統領が率いる「アラウィー派政権」と、イランが支援するシーア派勢力というのがある。政権側の2勢力は、「シーア派」と呼ばれる勢力で、アルカイダやイスラム国のような「スンニ派」と対抗するために、便宜上共同戦線を組んでいるだけ。つまりシリア内戦は実際には4つの勢力による内戦であるということ。実にややこしい。
4年目にはいるイラク=シリア内戦の火花が西欧全体に爆薬の火花を散らすことがないなどと考えるとしたら、それは許しがたいほど甘い見方であると言わざるを得ない。
It was culpably naive to imagine that sparks from the Iraq-Syrian civil war, now in its fourth year, would not spread explosive violence to Western Europe.
数千人にものぼるイスラム教スンニ派の若者たちがシリアとイラクにおけるイスラム国(IS)の戦いに馳せ参じているのだから、彼らが自分たちの本国においてイスラムの教えに反するとみなす組織を襲撃することで自分たちの宗教心の深さ・高さを誇示する行動に出るだろうということはこれまでにも言われてきた。フランスの新聞社襲撃もその一環であることは間違いない、とコクバーンは言っている。
コクバーンによると、イスラム国やアルカイダのような超過激グループの広がりを数字で示すものとして、パリの事件の直前の週にあちらこちらで起こった自爆テロ事件の数がある。例えばイエメンの首都、サナア(Sanaa)で起こった警察車両襲撃自爆テロでは33人の警察学校生が殺されている。またイラクの首都バグダッドの北西にあるアンバー(Anbar)では23人のイラク兵とイラクの現政権寄りとされるスンニ派の部族長らが、やはり自爆テロで命を失っている。
さらにその前の日、サウジアラビアとイラクの国境地帯のパトロールを行っていたサウジの軍関係者が3人殺される事件があったし、12月30日にはイスラム・テロに反対していることで国際的にも知られているリビア政府の建物が破壊されている。
コクバーンによると、パリの新聞社襲撃が誰の仕業であれ、これらの自爆テロや破壊行為の波が西欧諸国に押し寄せないなどと考える方がおかしい。最近のイスラム過激派による聖戦運動の特徴として挙げられるのが、公に目立つ場所や人物を襲撃することで、宗教的な関わりを広く誇示しようとする傾向があること。2001年にアメリカで起こった9・11同時多発テロ、イラク、シリア、アフガニスタンなどで続発する自爆テロ、欧米のジャーナリストや国際援助機関のスタッフをカメラの前で処刑する・・・こうした行為が狙っているのは、事件を起こされた側の政府による過剰反応を呼び起こすこと。それによって自分たちの言い分を世界中に伝えることができるということです。
こうした彼らの罠に見事にはまってくれたのが、ジョージ・ブッシュであり、トニー・ブレアであるというわけです。なにせ軍隊を派遣して戦争までやってくれた。しかもその間、CIAの人間がテロ容疑者と決めつけた人びとを拷問までしてくれた。こうした方法がいかに無意味(counter-effective)であったかは、同時多発テロから14年、アルカイダのような活動グループが減るどころか大いに増えていることでも明らかではないか、とコクバーンは指摘します。
イスラム狂信主義の拡散を逆転させるために有効な方法はあるのだろうか?
Can anything be done to reverse the trend towards the spread of Islamic fanaticism?
というわけですが、コクバーンによると、「シャルリーエブド」襲撃犯を逮捕しても次なる「殉教者」たちの出現を食い止めることには繋がらない。彼らにしてみれば、自分たちの信仰・信念(faith)がかかっているのですからね。ただ、現在進行中のシリアにおける内戦を終わらせるか、せめてこれ以上エスカレートしないようにすることによって、「暴力的聖戦」の拡散だけは食い止めることができるかもしれない。
ただし、シリア内線の縮小を図るためには、米英仏およびその同盟国がアサド政権を打倒しないことに合意し、さらにアサド政権側もシリアの全土を取り戻すような試みはしないことを受け入れることが必要になる。シリア国内においてアサド政権と非過激・反政府グループとの間で停戦を行って国内における権力の分かち合いを達成すること。そうすることによって初めて、シリア、イラク、フランスの政府が暴力的スンニ派による聖戦に対抗して団結する基盤が出来上がるのだ。
Such a de-escalation means the US, Britain, France and their allies accepting that they are not going to overthrow Bashar al-Assad and Assad accepting that he is not going to win back all of Syria. There should be ceasefires between government and non-jihadi rebels. Power would be divided within Syria and, for the first time, governments in Damascus, Baghdad and Paris could unite against violent Sunni jihadism.
ということです。