NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

先ずは自分の足下から

古庄 幸一(理事)

『ヒトヒトマルマル(一一〇〇)の艦位、佐多岬灯台150度15.5マイル、偏移量なし。45分の進み。」「艦長!」、「当直士官!」』と、気合の入った声で副直士官が定時の艦位を報告する。艦長と当直士官として立直中の航海長は「了解」と各々応える。四国沖で射撃訓練を終えて、豊後水道を北上し呉に帰投中の護衛艦「むらくも」艦橋の風景である。当直士官(航海長)が「艦長、一時間早いですが航海保安の前に昼食を採らせます。」と予定の変更を艦長に報告して、了解を求める。

船乗りにとって一番大事なことは、自分の船の位置(艦位)を知ることで格好良く言うと、今自分は地球上の何処に居るのかということである。「自分の艦位が判らない時には先ず船を停めよ。」とは、帆船時代から船乗りに教え継がれている教訓である。自分の船の位置が判ってはじめて、与えられた目的地に向かっての「針路や速力」を決めることができる。有事に敵情報を得ても、今自分が何処に居るのかが定かでなければ、採るべき最適の戦術は生まれない。航海長が日課の変更を決心したのも、位置情報を得たからである。

若い頃、船の修理である造船所に入った時の話し。「事故ゼロ月間」という大きな横断幕が社屋に掛けられていた。そして毎日朝礼で課長や部長から「今月は事故ゼロ月間だから注意して・・・」と訓示があり、社員は「事故ゼロ、事故ゼロ」と大声で呼び合う。しかし一向に事故は減らない。社長はこんなに「事故ゼロ」を誓い合っているのに、何故事故が減らないのかと部下を叱っていた光景を思い出す。そんな時「事故ゼロ」という最終目標を達成する為には、自分は何をする必要があるのかを考えて、部下に示した班長がいた。「先ず、自分の立っている足下をしっかり見よ。そして事故に繋がるものはないか。自分で考えよ。」と語り掛けたのだ。すると鉄くずやタバコの吸殻が散らかっているのが目に入る。今まではいかに早く、正確に溶接を終えるかとか、組み立て作業を隣よりも早くと、合理性・効率性ばかりを追っていた溶接工や現場の組立工が、ごみを拾い足場を綺麗にして仕事を始めるようになる。ガムを噛みながら溶接をしていた者が、ガムを止め服装を気にしはじめた。仕事が終わったら、道具を定められた場所に片付けて明日に備える。すると鉄屑を踏んで転んだり、(つまづ)いたりしなくなり、結果的に小さな職域での事故が減り、会社全体の事故ゼロ達成に寄与するという目標の系列が一本通じた。

戦後わが国は、「グローバル化」「国際化」と叫び、自国の歴史や文化を捨てて欧米を真似て、追いつき追い越せと経済発展を求めて、アクセルを踏み続けて今日に至った。パーティの席で外国の海軍士官から日本文化について質問を受けることがある。「歌舞伎って何、文楽は、着物はどんな時に着るの」等々。ところが、日本の文化を日本語できちんと話せる者が少なくなり、正確に答えていない場面を多く目にした。今国民は自分の立っている位置を見失っているのではないだろうか。そして不幸にも日本丸の船頭も自分が地球上の何処を航海しているのか判らないまま、短期間で交代し次に渡してきた。今こそ日本丸の船頭はアクセルから足を放してブレーキを踏み、船足を一度停めて地球上の何処に立っているのかを確認する時ではないかと思う。そうすることにより、自分の周りが見えてきて、進んできた船跡も判りこれから進む針路も、速力も自信を以って決められる。国民も自分の国の目標を知れば、その目標に向って、自分なりの分に応じた進路、速力を決めて目標に向うことが叶う。

今ならまだ間に合う。戦後捨ててしまった世界に誇れる日本の歴史と文化を、時間を掛けても取り戻し、次の世代に申し継ぐ責任が我々には有る。歴史の流れに足を入れ、足の裏で川底を感じ、他人から与えられた水でなく自分の両手で水をしっかり汲んでゆっくり味わって飲んでみてはどうだろうか。

禅語に「道は脚下に在り。脚下を看よ」と有る。私はこの言葉が好きで、毎年手帳の表紙裏にこの言葉を書く。年末には海に出て潮風に当たり先ずは自分の足下からと思う。

(平成26年11月10日)

2014年12月25日 up date

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