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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
6月29日付の産経新聞のサイトに「岐路に立つ『一国二制度』」という記事が掲載されています。香港に関する記事です。それによると、中国の習近平政権が6月10日に「一国二制度白書」というものを突然発表したのですが、その中には中国が「香港に対し全面的な管轄統治権を持つ」という趣旨のことが書かれているのだそうです。
香港はかつて英国の植民地であったけれど、1984年に中英共同宣言(Sino-British Joint Declaration)というものが発表され、1997年の対中返還後の香港は50年間は「一国二制度」(one country, two systems)で統治されることが約束された。要するに中国という国は社会主義ではあるけれど、香港については従来通りの社会制度(資本主義)で統治されるということです。
産経新聞の記事は、中英共同宣言で約束された「一国二制度」が中国側によって崩されようとしているというニュアンスで書かれているのですが、7月19日付のTheEconomistの社説、同じ日付のファイナンシャル・タイムズ(FT)のコメント記事が、香港をめぐる最近の英国と中国の関係について書いています。
The Economistの社説は
英国は香港に関して道義上の指針を再発見し中国と対決する時が来ている
Time for Britain to rediscover its moral compass and confront China over Hong Kong
と主張している。この社説によると、7月15日に香港のトップである行政長官の梁振英(Leung Chun-ying)という人が北京を訪問、中国政府の指導部に香港の選挙制度改革についての報告書を提出した。その中では中国政府の意に沿わない香港の活動家や政治家を「取り除く」(weeds out)ことを香港市民は容認しており、さらに香港市民は今以上の政治的な自由を望んでいない(not want greater political freedom)という趣旨のことが述べられているのだそうで、The Economistによるとこれが多くの香港市民を怒らせている。
香港では3年後の2017年に行政長官選挙が行われるのですね。梁振英行政長官が提出した選挙制度に関する報告書では、英国から中国に返還された際に決められた香港基本法(憲法)で約束された「普通選挙権」(universal suffrage)の実施も保障の限りではないというニュアンスになっている。それやこれやで香港市民の間では対中国不信感で騒がしくなっているのですが、The Economistの社説は、
怒りの声が飛び交う中で、一つだけ声が聞こえてこないところがある。それが英国である。
Amid the uproar, however, one voice has been notably silent: that of Britain.
というわけで、現在のキャメロン政権の中国に対する姿勢を批判している。
香港の民主勢力が怒っているのは、最近の中国が、かつて英国との間で交わしたはずの「一国二制度」の約束を尊重していないということなのですが、彼らの怒りの矛先が英国にも向けられつつある。「一国二制度」の約束が反故にされつつあることに不満を募らせた香港の民主派の政治家がロンドンを訪問、キャメロン首相との面会を求めたのですが、断られてクレッグ副首相との会談に格下げされてしまった。
中国政府によって「一国二制度白書」が発表された直後に中国の李克強首相が英国を訪問、国家元首でないにもかかわらずエリザベス女王との謁見が手配されるなど異例の扱いを受けたことについてThe Economistの社説は、かつてキャメロン首相がダライラマと面会したことがきっかけで英国を冷遇する政策を取り続けていた中国と「仲直り」(rapprochement)するための計らいだったとしています。李克強首相の訪英中に中国から140億ポンド相当のビジネスが約束されたわけですが、
今後の中英関係がどのような条件下で行われることになるのか・・・誰の眼にも明らかであろう。確かに商売は行われるだろうが、それは英国が中国の問題にクチバシを挟まないという範囲内でのことである。
Nobody needed to spell out what from now on would be the terms of the relationship: deals would flow, but only for as long as Britain kept its nose out of Chinese affairs.
とThe Economistは言っています。
つまり中国のご機嫌を損ねたらアウトという関係だと言っているのですが、香港が今後も金融ビジネスの中心として繁栄できるのは自由な報道、独立した司法、法の支配などが保障されていればこそのハナシであるというわけで、これらのことをめぐって英国が中国と対立すると英国の企業にとっては高くつくことになるかもしれない。しかしより広い視野に立って英国という国の利害ということを考えると、対立しないことのコストはより高いものになる。
現在の状態は、中英両政府が署名した1984年共同宣言という条約に違反する状態であり、条約違反を犯すような国は信用(credibility)されなくなる。英国が国の規模の割には外交的な影響力を保持できているのは、民主主義を大事にする価値観と国連安全保障理事会のメンバーとして他国との連携を組める能力があるからだが、香港問題に見る限り、英国は民主主義国としての価値観を守る気がないようであるとThe Economistは批判している。
中国の行動を英国だけで抑止することは難しいかもしれないが、アメリカを含めた他の国は中国の脅し外交に警戒心を強めているのだから・・・
もし英国が香港の自由を守る気があるというのであれば、他の国々もそのようにするであろう。もし英国が中国にへつらうというのであれば、他の国は香港や英国のことなど知ったことかと思うだけだ。
If Britain were willing to stand by Hong Kong’s liberties, they would be prepared to do so too. If Britain kow-tows to China, why should they bother.
とThe Economistは主張しています。
ファイナンシャル・タイムズの記事はコメンテーターのフィリップ・スティーブンス(Philip Stephens)が書いたもので、The Economistの社説と内容は似たようなものなのですが、キャメロン政府の対応は産業界の利益にもならないと言っています。スティーブンスによると「弱さは習氏から英国の産業界のために特別待遇を獲得することにはならず、英国に対する国際的な信用を失うだけ」であり、「アメリカ政府は、キャメロン政権というのは何につけても立場を持っているということがあるのかどうか疑っている」のだそうで、
あえて中国とケンカをする必要はないが、香港の自由と英国の国際的な信用は密接に繋がっているものだ。
There is no need to pick a fight with Beijing. But Hong Kong’s freedom and Britain’s credibility in the world are inextricably linked.
と言っています。