NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

国際学力比較と子供の幸せ感覚

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

12月4日付けの読売新聞の社説の見出しは

国際学力調査 「脱ゆとり」が生んだV字回復

となっています。おなじみのOECDによる国際学力比較調査(PISA)の話です。今回は「義務教育修了段階の15歳」を対象に昨年(2012年)実施した調査の結果で、日本は参加65カ国・地域の中で「読解力」と「科学的応用力」が4位、「数学的応用力」が7位だったのだそうです。読売新聞によると、

「脱ゆとり」教育によって、学力がV字回復を果たした。教育施策を見直した効果が表れたものと言えるだろう。

ということであります。つまり「ゆとり教育」なるものによって低下した日本の子供たちの学力が、「ゆとり」をやめたおかげで再び上昇している、結構なことだ・・・ということのようです。

今回の結果については英国のメディアでも広く取り上げられているのですが、BBCの「上海がトップ、英国は停滞」(UK stagnates as Shanghai tops league table)という見出しが典型的で、どれも東アジアの国々の成績の良さを強く報道しています。ご存じの方もいるとは思うけれど、念のためにトップ10の国・地域を紹介しておくと次のようになります。

読解力 数学 科学
1. 上海 570
2. 香港 545
3. シンガポール 542
4. 日本 538
5. 韓国 536
6. フィンランド 524
7. アイルランド 523
8. 台湾 523
9. カナダ 523
10. ポーランド 518
1. 上海 613
2. シンガポール 573
3. 香港 561
4. 台湾 560
5. 韓国 554
6. マカオ(中国) 538
7. 日本 536
8. 
リヒテンシュタイン 535
9. スイス 531
10. オランダ 523
1. 上海 580
2. 香港 555
3. シンガポール 551
4. 日本 547
5. フィンランド 545
6. エストニア 541
7. 韓国 538
8. ベトナム 528
9. ポーランド 526
10. カナダ 525
 英国:23位  英国:26位  英国:21位


確かにアジアの国が多いけれど、これまでに顔をみせたことがなかったエストニア、ポーランドの東欧諸国とベトナムが「科学」の分野で顔を出している。またちょっと意外なのはトップの常連だったフィンランドの名前が数学部門には見当たらないことです。「読解力」は6位、「科学」は5位というわけで、かつてなら当たり前だったトップ3にも入っていない。このあたりのことについて12月7日付のThe Economistが

かつての北欧のスター国が直近のPISAテストにおいて凋落したことで、より強力なアジアモデルに注目が集まっている。

The fall of a former Nordic education star in the latest PISA tests is focusing interest on the tougher Asian model instead.

と言っています。

フィンランドといえば子供たちの自発性を引き出し、競争によるストレスが少ない理想的な教育の見本として世界の教育改革者にとっては「あこがれ」(bewitching)の的であったわけですが、フィンランドのFinnbayというニュースサイトなどは今回の結果について「フィンランドの黄金時代は終わった」(The golden days are over)とまで言って嘆いている。

フィンランドの教育専門家の間でも自問自答が始まっているようで、中にはフィンランドの教育が持っている平等主義に問題があるという意見もある。これまでのような大多数の子供たちの教育レベルを向上させようというやり方では少数の優秀な生徒を犠牲にするような結果になるということです。よく言われる「平等主義の弊害」というわけですね。

何といっても中国・上海がトップ3を独占していることが目立つわけですが、OECDの教育専門家は上海の子供たちの半数以上が数学について、単に計算ができるというだけでなく、数学的な概念についての「深遠なる知識」(deep conceptual knowledge)を有していると語っている。これが英国の場合は15%もいかないのだそうです。

The Economistは好成績を上げている国々について

成績のいい国の場合、教えるということの質の向上に一心不乱に取り組んでいるということである。教育の方向性や哲学がぐらついたりすることがない。若者の成功を支援するべく、教師と家庭の両方がともに決意しているということである。

Successful countries focus fiercely on the quality of teaching and eschew zigzag changes of direction or philosophy. Teachers and families share a determination to help the young succeed.

というわけで、その好例として数学部門で8位に入ったベトナムを挙げています。富裕国に比べれば教育にかけるお金も極めて少ないはずなのですが、ベトナムでは親が熱心で、教師に対するプレッシャーも強いのだそうです。

尤もこうしたアジアの好成績には疑問もある、とThe Economistは言っている。アジアの子供たちはかなり厳しい課外授業(塾のようなもの)を受けなければならないし、失敗した者には冷たい仕打ちが待っている(harsh on failure)ということもある。さらに教育がPISA-friendly、つまりPISAテストで好成績をあげることのみを目的にしてしまっている部分もある。PISAテストの点数には、子供たちが学校で身に着けた知識を将来の人生においてどのように生かしているかということは出て来ない。

さらにPISAテストにおける順位にこだわるのはナンセンスであるという人もいる。New Scientistに寄稿したアメリカの専門家は、この種の国際比較テストで子供たちがいい成績をおさめるということと、その国が将来において経済的に繁栄するかどうかは無関係(irrelevant)であるというわけで、日本を例に挙げて、

日本の学生たちはTIMSS(数学と科学分野の学力比較)では常にトップ付近に位置している。そのような成績優秀な学生がいずれは素晴らしい経済を動かすはずだ、と考える人がいるかもしれない。しかし日本経済は1990年代、2000年代において停滞の連続ではないか。

Japanese students, for example, have always been near the top of the TIMSS. You might expect those high-flying students to be driving a high-flying economy. Yet the Japanese economy stagnated throughout the 1990s and 2000s.

と言っている。この専門家はまた

数学や科学の教育の重要性を訴え続けることは大切である。が、それを達成する手段としてこの種の国際比較テストにこだわることは非生産的という結果にもなりかねない。

We must, of course, continue to promote the importance ofmathematics and science, but fixating on international tests as a way to achieve this could prove counterproductive.

とも言っている。この人によると、これからの世界的な経済競争の時代においては、創造性や先駆性(イニシアティブ)こそが真の意味での繁栄のためのエンジンの役目を果たすものとなる。しかしPISAなどのテストでは創造性も先駆性も測ることができないというわけで、

教育のための貴重な時間・焦点・経費などがテストのために費やされる中では創造性や先駆性などは脇へ追いやられてしまう。

When testing consumes precious educational time, focus and money, they get squeezed out.

と警告しています。

2013年12月16日 up date

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