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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)
左利きの人の平均寿命は右利きのそれよりも9年短いなんてハナシ聞いたことあります?私はありませんでした、最近(9月3日)のBBCのサイトに出ていた記事を見るまでは。
左利きが早死にするというのは本当か?
というタイトルの記事で、これを書いたハンナ・バーンズ(Hannah Barnes)という記者は、両親と兄が左利きなのだそうです。バーンズ記者が気にするのは、1980年代末から90年代初めにかけてダイアン・ハルパーン(Diane Halpern)とスタンレイ・コーレン(Stanley Coren)というアメリカの心理学者がNatureとNew EnglandJournal of Medicine(NEJM)という科学と医学の専門誌に掲載した記事です。
そのうち1991年4月4日付のNEJM誌が掲載した記事(というよりも二人の学者が編集長宛てに送った手紙)によると、南カリフォルニアの二つの郡(counties)においてそのころに死亡した住民2000人の死亡証明書に基づいて遺族や親せきを追跡調査して、それぞれが右利きだったか左利きであったを聞いて回ったのだそうです。そのうち調査に使えそうな回答は987件だったのですが、平均寿命は右利きが75才で左利きが66才だった。つまり9才の差があるというわけです。この調査結果については、同じ日付のNew York Timesがロイター発信の記事として掲載しているのですが、その見出しは
Being Left-Handed May Be Dangerous To Life, Study Says
左利きであることは生命の危険に繋がる可能性がある・・・という調査がある。
というものだった。いくらmay beという婉曲的な表現を使ってもDangerous To Lifeなどと言われれば左利きの人はあまりいい気持ちはしなかったでしょうね。
で、両親と兄が左利きというBBCのハンナ・バーンズ記者が抱える「不安」についてでありますが、Right Hand, Left Handという本の著者であるユニバシティ・カレッジのクリス・マクナマス(Chris McManus)教授は、30年前にアメリカの学者が専門誌で発表した「左利きの寿命は右利きのそれよりも9年短い」という説には「見えにくいけれど重大な誤り」(a very subtle error)があると主張しています。
彼らの過ちは死者だけしか見なかったということだ。
Their mistake was that they only looked at the dead.
と言うのです。
マクナマス教授のよると、19世紀、ビクトリア朝時代に左利きは子供のころに矯正されて右利きになるのが普通であったのだそうですが、20世紀初め(1900年)でも人口の約3%という超少数派だった。これが現在の10~11%にまで増えたのは1976年のことだそうです。
アメリカの二人の学者は、1990年に南カリフォルニアの二つの郡の役所に提出された死亡届2000件を全く無作為ピックアップして遺族にアンケートを配って生前の死者の利き腕を調査したわけですが、死者の中には高齢者もいるし若くして死んだ人もいるけれど、右利きの平均年齢は75才であったということは、1915年生まれの人が多かったということでもありますよね。この年の左利きの割合は女性が3%強で男性は4.5%程度です。1000人あたり3~4人です。死亡者の利き腕を調べていけば、高齢者になればなるほど右利きが多くなり、左利きがいたとしても、数の上で圧倒的に少数であり年齢も若くなるのは当たり前・・・とマクナマス教授は言っている。
左利きの人が利き腕が故に早死にするというのではなく、人口が少ないことから来る統計上のマジックのようなものだということです。つまり死んだ人の死亡年齢を基に「平均寿命」を出すのは利き腕に関する限り無理であるということになる。マクナマス教授によると、寿命を9才縮めるためには毎日のようにタバコを120本吸い続けたうえに様々な別の危険に身をさらす必要もあるとのことであります。
この二人のアメリカ人心理学者は、大リーグの選手2271人の平均寿命(選手としての寿命ではなく人間としてのそれ)を利き腕別に調べたことがあるのですが、その結果、右利きの方が9か月長生きすることが分かったのだそうです。