NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

父は英国を愛していた!

 

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

電気・ガス料金の凍結もさることながら、このところ労働党のミリバンド党首といえばもっぱらDaily Mail紙との大ゲンカがメディアの話題をさらっています。この件はどの程度日本のメディアで伝えられているのでしたっけ?ことの起こりは9月27日付のDaily Mailのサイトに掲載された記事です。ミリバンド党首の父親であるラルフ・ミリバンドについて次のような太字の見出しの記事が掲載された。

The man who hated Britain: Red Ed’s pledge to bring back socialism is a homage to his Marxist father. So what did Miliband Snr really believe in? The answer should disturb everyone who loves this country

英国を憎んでいた男。アカのエドが社会主義を取り戻す誓いを立てているのはマルクス主義者であった父親に対する敬意と忠誠心のなせるワザなのである。で、父・ミリバンドは実際には何を信じていたのだろうか?それ対する答えを知れば、この国を愛する者ならだれでも驚くに違いない。

ミリバンド党首の父親(1994年に死去)は、第二次大戦中の1940年にナチの迫害から逃れてベルギーから英国へやってきたポーランド系のユダヤ人。マルクス主義者のインテリで、どちらかというと穏健社会民主主義路線の英国労働党には批判的だった人だとされています。英国ではロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で学んだだけでなく教えたこともある。ウィキペディア情報ですが、LSEの学生であったころにはマルクス主義の政治学者、ハロルド・ラスキ(Harold Laski)の下で学んだ、いわば生粋の左翼知識人だった。夫人も社会主義者で、エド・ミリバンドは幼いころから、両親を訪ねてくる英国の左翼インテリたちが繰り広げるディスカッションを聞きながら育ったような環境であったそうです。

で、Daily Mailでありますが、上に紹介した長々とした見出しでも分かるように、ミリバンド党首の父親は共産主義者で、英国が大嫌いな人物であったというわけで、その証拠としてラルフ・ミリバンドが17才のころに書いた日記の中に次のようなくだりがあったことを挙げている。

英国人(イングランド人)はおそらく世界で最もナショナリズムの強い人たちだろう。世の中の現実を分かるためには、いっそ英国がこの戦争(第二次大戦)に敗れればいいとさえ思うくらいだ。

the English were “perhaps the most nationalist people in the world… you sometimes want them almost to lose [the war] to show them how things are”.

というわけで、Daily Mailの記事は英国を愛する人間ならそんな父親の影響を受けて育った人物が率いる労働党なんて支持しませんよね、というニュアンスのメッセージを延々書きまくった。それだけではない。サイト上ではラルフ・ミリバンドのお墓(grave)の写真をでかでかと掲載したうえで、キャプションで “grave socialist” (深遠なる社会主義者)とうたったりしている。

この記事を読んでカンカンに怒ったミリバンド党首がまずやったことは、自分のツイッターで

My dad loved Britain, he served in the Royal Navy and I am not prepared to allow his good name to be denigrated in this way.

父は英国を愛していた。海軍で兵役についていたこともある。このような形で彼の名前を汚すような行為は絶対に許さない。

というメッセージを発信。これがメディアというメディアに取り上げられて大騒ぎになっているというわけであります。Daily Mail側はというと、ラルフ・ミリバンドのお墓の写真を使ったのは不謹慎だったかもしれないというので謝罪してこれをサイトから削除したけれど、記事そのものは間違っていないと主張して真っ向から対立して現在に至っている。

Daily Mailはもともと保守派の新聞だから、労働党に難癖をつけるような記事を大々的に掲載するのはさして不思議なことではないけれど、わずか17才の時に書いた日記の中で当時の英国を批判したからと言って、ラルフ・ミリバンドが「英国を憎んでいた」とするのはやり過ぎで、保守派のThe Economistでさえも、この父親がマルクス主義者だったことを非難するのなら、

社会主義者だって愛国者であり得る。ジョージ・オーウェルを見よ。

Socialists can be patriots: look at George Orwell.

とDaily Mailを批判したりしている。

このケンカがどのような形で収まるのか分からないけれど、Daily Mailがこの記事によってミリバンド党首の人気下落を狙ったのだとしたら逆効果が出てしまっている。つまりエド・ミリバンドは父親をかばって、下劣な大衆紙と戦っているというイメージが広がっているということです。

Daily Mailは英国の全国紙としては、The Sunに次ぐ発行部数、サイトの読者数ではダントツのトップという人気を誇っており、政治家がいちばん敵に回したくない新聞(the most fearsome enemy a politician can make)とも言われているけれど、このケンカ騒ぎに関する限り「アホみたいに見える」(this row has made it look foolish)と、The Economistは言っています。

2013年10月7日 up date

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