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尖閣諸島の領有権をめぐる日中双方の立場の妥協点を見出すため、国際司法裁判所(ICJ)による裁定に期待するというのは、一つの考え方であろう。日本から見れば、上記のように法的、歴史的にみて領有権につき疑問の余地はないので、日本が中国を訴えるという性格のものではない。もし中国がイニシアチブをとって、ICJの裁定に持ち込み、その結果を受け入れる(例えば「強制管轄権」を受け入れる)用意がある、というなら日本としてはICJ裁定に応じる考えはある、ということである。その場合、中国、日本双方に当然のリスクが出てくることは覚悟しなければならない。
中国にとっては、尖閣諸島でICJの裁定に従う以上、彼らの言う「核心的利益」の台湾、チベット、新疆ウイグル、さらには南シナ海についてもICJのような国際司法機関の裁定に従うべきである、という論議が当然一挙に国際的に高まってくるだろう。法治国家とは言えない一党独裁の中国がこのようなリスクを冒す可能性が大きいとは到底思えない。
他方、日本にとっては、現実に有効に支配している尖閣諸島の領有について第3者の判断にゆだねなければならなくなる、というリスクが生ずる。15人のICJ裁判官が日本側主張のすべてに通暁していると予断することは出来ない。最近コロンビアとニカラグアの間の係争地であった島嶼について、ICJがいわば「足して2で割る」ような裁定を下したため、これを不服とするコロンビアがICJから脱会するという一幕もあった。尖閣諸島をICJの裁定にまかせることになれば、日本側においても同様のリスクが存在するものと当然覚悟しなければならないだろう。しかし、中国が自分たちのリスクを冒しつつも国際規範に従うという条件で提訴するならば、それに応ずる、という構えを見せることは次善の策かもしれない。日本が国際ルールを守る国との姿勢をあらためて内外にアピールできるという考え方もあろう。
私自身は、日本のきわめて明白な法的、歴史的立場からみて、そのようなリスクをあえて冒す必要すらない、と考えている。100年以上にわたって日本が取ってきた立場を貫くことが正攻法であると思われる。領土・主権に関して妥協することは、次の妥協に結びつく危険性すらあるからだ。相手はとくにナショナリスティックな中華思想的発想の強い今日の中国である。
尖閣諸島については、台湾(中華民国)のファクターも考慮する必要がある。台湾は従来関係国がICJの裁定に従うべきである、との立場をとってきた。しかし、台湾は国連のメンバー国ではないため、ICJのメンバーとなることを認められていない。さらには、中国は「台湾は中国の一部」という独自の主張をしており、国際場裏では台湾を別個の主体としては扱っていない。そんなことを考えれば、ICJの裁判官たちが中国と台湾の複雑な関係を考慮のうえ、日本の主張に配慮しつつ、尖閣諸島について妥当な裁定を行うなどということは至難の技と言うべきだろう。