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イスラエルのシリア内戦に対する立場は、あくまで中立を基本としている。内戦以前のアサド政権は、イスラエルにとりある意味最も「望ましい」政権であったことは間違いない。同政権とは常に一定程度の緊張状態にはありながらも、軍事力におけるイスラエル側の圧倒的優位性から大規模有事に発展する可能性は薄く、同政権は軍事的脅威では決してなかった。
さらに、同政権はイランとの関係等から、本格的にイスラエルとの和平交渉を模索する可能性も薄くかったため、「ゴラン高原返還」というイスラエルにとり大きな痛みを伴う政治プロセスを棚上げできる大義名分も維持することができた。その間既述のとおり、ゴラン地域の目覚しい開発が行われ、国内の一大観光地及び農業バスケットと化す「既成事実」も出来上がった。
しかしながら、イスラエルの立場はいま少しづつ変化し、慎重に内戦の行方を見定めながら強い警戒に転じている。
アサド政権と、レバノンを拠点にイスラエルに攻撃を繰り返しているヒズボラとの蜜月関係は知られているが、ただ、同政権はイランほどの積極的なヒズボラへのテコ入れを、少なくとも表面的には行ってこなかった。ところが、今年5月、これまで反政府勢力の拠点の一つであった要衝クサイルに、シリア政府軍とヒズボラの合同軍が攻撃を行い、同市を奪還するという事件が起きた。イスラエルはこれをアサド政権ではなく、完全なるヒズボラによる作戦勝利と見なしており、ヒズボラの有する軍事要員及び武器を背景としたシリアのいわば「ヒズボラ化」の危険性が浮上してきた。実際、今年の1月及び5月の2度に亘り、イスラエル空軍によるシリア領内の空爆が報じられた。これらの攻撃対象はいずれも、シリア経由にてレバノンに輸送予定であった兵器護送団とされており、これら兵器の受け手はヒズボラというのが一般的な見方である。
一方、反政府勢力が完全にシリアを掌握することになっても、イスラエルにとり望ましいシナリオとも言えない。反政府勢力に外国勢力、とりわけアル・カイダ系のテロ組織による影響力の浸透等も報じられているうえ、シリア内戦の更なる泥沼化は、化学兵器等の拡散という観点からも、イスラエルにとり大きな懸念である。
ただ、いまのところ、アサド政権が崩壊しても、民主政権がシリアに擁立される、という想定はほとんど当地では語られることがない。むしろ各反政府勢力は湾岸諸国を中心にそれぞれ別々の支援を受けており、決して一枚岩では無いと評価されている。米国のオバマ政権が反政府勢力への武器支援を表明しながら、二の足を踏んでいるのは、内戦のこうした複雑な内情が関係しているものとみられるが、イスラエルにしても、内戦の最終的な帰趨にますます重大な懸念を払うようになってきており、とりわけ北部国境地域におけるイラン・ヒズボラの影響力の増大に当面、強い警戒を見せている。