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国際問題コラム「世界の鼓動」

ヘイトスピーチをヘイトする

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

 

ヘイストスピーチ前回のむささびジャーナルで、5月22日にロンドンで起こった英兵殺害事件とそれに対するメディアの報道ぶりについてお話しました。実はあの事件があってから、英国では他人に対する憎しみを煽り立てるような言動(ヘイトスピーチ)を法律で取り締まってはどうかという議論が行われてきています。


警察などを司る内務省(Home Office)のテレサ・メイ(Theresa May)大臣がBBCとのインタビューの中で「胸が悪くなるような意見」(disgusting views)を披露しそうな人物が放送番組に出演することを禁止したり、インターネットを通じてヘイトスピーチを流布することを事前検閲して阻止する可能性を考えるべきだと発言したことで議論が沸騰しているわけです。ロンドン市長のボリス・ジョンソン(Boris Johnson)や保守党の重鎮もメイ大臣の発言を支持するかのようなコメントを出したりしています。

そのことに関連してティモシー・ガートン・アッシュ(Timothy Garton Ash)という歴史学者がGuardian(5月30日付)のサイトに

Don’t ban hate speech, counter it. Hate it, too

という見出しのエッセイを寄稿しています。「ヘイトスピーチを禁止するな。それに反論しよう。ヘイトスピーチを憎もうではないか」ということです。彼によると、ヘイトスピーチを法律で取り締まろうとするのは「非現実的・反自由主義的・近視眼的・非生産的」(impractical, illiberal, short-sighted and counter-productive)であり、自由を脅かすわりには社会に安全をもたらすこともない、とガートン・アッシュのエッセイは言っている。

メイ大臣は放送局はもちろんのことGoogleやYahooも情報を掲載する際に事前検閲をするべきだと言っているのですが、1980年代のIRAテロが盛んであったころに、サッチャー政権がテロリストの広報活動を助けるようなテレビ報道を禁止しようとしてうまくいかなかったという例を挙げて、インターネットの世の中でYouTubeの事前検閲など「できっこない」(impractical)。あのころIRAの活動家の言葉をそのまま放送することは禁止だというので、BBCなどはその部分だけ吹き替えを使ったりしたのですよね。そのこと自体が話題になって、却ってIRAへの同調者が増えたのではないかとさえ言われている。

ガートン・アッシュによると

They would like nothing more than to be banned.

つまりテロリストたちが望んでいるのはまさに「禁止される」(to be banned)ということです。そうされることで自分たちは「反イスラムの欧米との戦いにおける殉教者」(martyrs of the Islamophobic west)とされるだけでなく、場合によっては「表現の自由の戦いにおける殉教者」(martyrs for free speech)にだってなれてしまう。

ヘイト・スピーチとの戦いは、これを禁止することではなく、あらゆるメディアが扇動者たちに戦いを挑む(to take them on)ことである。その際にジャーナリストが扇動者たちの言動そのものも含めて調査報道することは大切なことであり、これを内務大臣などに取り締まられたのではたまらないし、「何かしなければ」(something must be done)というお決まりの政治家的反応(knee-jerk reactions)は自由を守ると言いながら実はこれを侵害することに繋がる・・・と筆者は主張しています。

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2013年6月17日 up date

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