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しかしスハルト政権が崩壊し、インドネシアの民主化が進展するなか、国家の支援を受けながら「象牙の塔」にこもる大学の現状をよしとしない声が高まり、21世紀に入って政府は様々な大学改革を打ち出している。それは大学、研究者の自由を認める代わりに、自己責任による「成果」を求め、大学と研究者を競わせることで、質の向上を図っていこうという政策である。
1998年に設置された高等教育全国基準委員会は全ての大学のプログラムを評価し、基準を満たしていないと判定された大学は厳しく改善が求められるようになった。研究者個人については、2005年に制定された教師・大学教員法によって、専門職である大学教員は同法に示された資格を満たさないと大学教員として教えることはできないと厳格化された。つまり学部学生を教えるには修士号を取得していることが、修士課程学生を指導するには博士号を取得していることが必要となったのである。
しかし現実にはこの基準を満たさない現職教員が数多くいるので、政府は、現職教員の修士号・博士号学位取得を奨励している。私が講義したインドネシア大学院夜間講座学生の大半は、他校の現職大学教員たちだった(写真2)。
ところでインドネシアの日本語教育のニーズを満たすため、ネイティブスピーカーの日本人を大学に派遣すればよいという声が聞かれるが、教師・大学教員法により、日本語教授法分野の修士号以上を持っていなければ、ボランティアはいざ知らず正規の指導をすることができないのである。
さらなる大学の質の向上を求める政府教育文化省は2012年1月に、学部学生から博士課程学生に至るまで、学位取得の要件として、学術誌への寄稿と掲載を必要とする旨の通達を出した。この通達が出たせいか、我がジャカルタ日本文化センター図書館も、日本研究の論文執筆のための文献を求めて、学生・研究者たちが問い合わせてくる照会がより頻繁に寄せられるようになった。しかし学部学生にまで学術雑誌への論文掲載を求めるのは、いささか性急すぎる気がする。
成果主義の導入とともに、この国の高等教育に変化をもたらしている最新の要因として注目しておきたいのが、「大学の国際化」の大波である。2012年7月に海外の大学がインドネシア国内に拠点を開設すること認める条項を盛り込んだ高等教育法案が2012年10月に国会で可決された。欧米や日本の大学が、インドネシア政府の認可を得たならば、国内にキャンパスや研究所を設置することができるようになったのである。
これは「鎖国」政策によって太平を享受していたインドネシアの大学にとって、「開国」によって海外の大学との競争にさらされることなり、インドネシア大学やガジャマダ大学のような歴史ある名門大学も安穏とはしてはおれない。
教育を審議する国会委員会のアグス・ヘルマント委員長は、「国際で世界水準の教育を受けられるようになるため、これまで留学しがちだった優秀な学生も国内にとどまるようになる」と述べて、海外大学の参入効果を強調している。国際的な競争によって、大学の質的向上を図ろうという高等教育政策の一環であることは明らかだ。
海外大学には、インドネシア進出のためには同国内の大学との協力関係構築が求められている。インドネシアを舞台に、国際的な大学間の合従連衡がこれから本格化する。少子高齢化時代に日本の大学が生き残っていくためにはアジアの高等教育拡大エネルギーを取りこんでいくことが不可欠だ。インドネシアで今、生まれつつある可能性の芽を見逃さないことを祈りたい。