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賛助会員 春海 二郎
(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、
サッチャーさんの死去が発表された翌日、4月9日付のBBCのサイトに「もしもサッチャーがいなかったら」(What if Margaret Thatcher had never been?)というエッセイが掲載されています。書いたのはドミニク・サンドブルック(Dominic Sandbrook)という歴史学者なのですが、1974年生まれで、サッチャー政権が誕生した1979年は5才、辞任した1990年でもまだ16才だったのだから幼少のころはほとんど「サッチャーの英国」で暮らしたようなものです。
1959年に下院議員となったサッチャーさんは11年後の1970年、エドワード・ヒースが率いる保守党政権の教育科学大臣に就任します。その際に彼女の選挙区であるロンドン北部の町、フィンチリー(Finchley)の地元紙の記者がインタビューをして、将来、首相になる可能性だってあるのでは?と聞いたところサッチャーは強い口調で
私が生きている間に(この国に)女性の首相が誕生することはありません。男性の偏見が非常に強い社会ですから。
There will not be a woman prime minister in my lifetime – the male population is too prejudiced.
と答えたのだそうです。male population(男たち)という言葉が英国社会全体のことを指しているのか、政治の世界のことを言っているのか分からないけれど、自分を取り巻いている男たちが女性に対して差別意識を持っている・・・と思っている人の言葉ですよね。実際にはその9年後の1979年にサッチャー政権が誕生しているのですが・・・。
サンドブルックによると、サッチャーさんは20世紀で最も国を分裂させた指導者であることはほぼ間違いないけれど、サッチャーを語ると複雑な迷路に迷い込んだような気になるのだそうです。例えば: