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当面のソロバン勘定だけでは、落とし穴にはまる危険性もあるというのは、こういう論理によるものではあるが、関連してスー・チー女史の動向にも細心の留意を払っておきたい。女史は昨年の議会補欠選挙で、従来の国民の人気を背負って当選し、野党ながら最大の民主化勢力「国民民主連盟」(NLD)の一議員として精力的に活躍している。だが、欧米の一部マスコミでは、これまでの評価を一変させ、「輝きを失った女史」といった論評が目立っている。どうやら女史の民主化闘争のジャンヌ・ダルク的立場から議員への転身を「軍政との妥協」とみなして、積極的な評価を控えているように見える。
こうした論調は全く理由(根拠)のないものでもない。女史は敵対してきた軍部に対し、「私は国軍が大好きだ」とまるで態度を一変させる発言をしている。これまでの軍政と近い関係を築き、政商として財閥的な地位を手にしている実業家への接近もしている。長年の民主化闘争の仲間の一部とも路線対立がじわじわ広がっているという観測も取りざたされている。
最近のこうした言動が、女史の豹変説を生む背景にあると考えられるが、果たしてその分析がどこまで説得力あるものか、もっと慎重に吟味する必要があるように思える。女史自身もこのことは十分意識しており、日本での記者会見でもその点を質問され、「私は現実主義者だ」と反論した。そのうえで、「私は政治家として大統領になることを目指している」とまで明言した。
この野心的な発言は女史の揺るぎない自信を示しているのだろう。その目的を達成するためには、軍人への議席優先配分などを定めている現憲法の改正も不可欠であることを踏まえ、権力機構の内部から真の民主化を推進する先頭に立とうという決意を示しているようにも取れる。だとすれば、軍部との妥協や融和なしには、これは不可能であるという現実主義的立場とも符合する。国軍への敬意も、自身の父親で、この国の独立の父アウンサン将軍が創建したことを考えれば、それほど違和感はない。
おそらく今の女史と軍部の関係は一種の互恵関係にあり、政治権力ゲームの中で、それぞれの立場の優位性を利用しあっているのではないか と推測できなくもない。
米国のオバマ大統領は再選を果たしたばかりの昨年11月、米大統領として史上初となるミャンマー訪問を実現し、スー・チー女史とも懇談し、親密なエールを贈り、その肩入れぶりを見せつけた。米国のこの動きには中国の深まるこの国への影響力をけん制する戦略的意図があったのだが、日本政府や欧州各国も女史への支援を軸に、新生ミャンマーに対する新政策に乗り出している。この流れを考慮すれば、実権を握る軍部が女史を政治的に利用するメリットは十分あるし、女史も自らの威信を軍部側に誇示できる。世界は「私を支持している」といいたいのだろう。
ただ、当面のこの微妙な蜜月関係が今後、どういう展開に発展していくかを予測するのは極めて難しい。それでも、両者が確執を乗り越え、この国が真の民主化へと最終的にうまく軟着陸してほしいと多くの期待を集めているのは確かである。ミャンマーに向けられた熱い視線はそれを如実に物語っている。