NPO法人 アジア情報フォーラム

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国際問題コラム「世界の鼓動」

The Sunが伝えた「真実」

賛助会員 春海 二郎

(筆者は長年、在日イギリス大使館に勤務し、イギリス関係情報を独自に発信するサイト「むささびジャーナル」の運営をしている)

 

4月26日付の英国メディアのトップニュースは、どれも27年前に起こったある「冤罪事件」(miscarriage of justice)に関するものでありました。1989年4月15日、北イングランドの町、シェフィールドにあるヒルズバラ( Hillsborough)という名前のスタジアムでサッカーのFAカップの準決勝(リバプール対ノッティンガム)が行われ たのですが、観客がスタジアムへ入るにあたっての混乱で、リバプール・サポーターの観客96人が圧死するという 惨事が起こった。The Hillsborough Disasterと言われる事件です。

事故直後から警察の発表で、この惨事はリバプールからやって来たサポーターによる乱暴が原因で起こったものとされた。が、実はスタジアムの警備上のドジと警察の不手際によって起こったものであり、死亡したファンは警備担当と警察によって「不法に殺された」(unlawfully killed)ものだと陪審裁判で断定されたということです。つまりリバプール・サポーターは全くの濡れ衣を着せられていたというわけです。その意味では「冤罪事件」であるわけです。

The Hillsborough Disasterについては、ここをクリックするとBBCの日本語版で詳しく説明されているのを読むことができるし、ここをクリックすると、当日何が起こったのかについてBBCのビデオで実際に見ることができますが、事件後、犠牲者の家族が、死者まで出した惨事の原因が本当にリバプールからやって来た応援団による乱暴狼藉であったのかどうかを再度調査するように求めた裁判を起こしてこれまで戦ってきた。その結果、犠牲者の死因は警備上の不手際にあったのであり、リバプール・サポーターのせいではないという家族側の言い分が認められたというわけです。今回の陪審裁判の結果については、キャメロン首相までもがツイッターで

真実を追求する長期間にわたる運動を行ってきた関係者に敬意を表する

I would like to pay tribute to the extraordinary courage of #Hillsborough campaigners in their long search for the truth.

というコメントを発表したりして、単なるサッカーの世界の出来事ではなくなってしまっている。

ただ、この「冤罪事件」についてむささびが紹介したいのは、あの事件が大衆紙(と言われる)The Sunによってどのように報じられたのかということであり、それについてThe Sunがどのように対処したのかということです。
事件4日後の1989年4月19日付のThe Sunの第一面にでかでかとTHE TRUTH(真実)という見出しがおどった。「ヒルズバラ・スタジアム起こった大惨事の真実はこれだ!」というわけで、

  • Some fans picked pockets of victims
    ファンの中には犠牲者のポケットからモノを盗んだ者もいる
  • Some fans urinated on the brave cops
    勇敢なる警察官に小便をかけた者も
  • Some fans beat up PC giving kiss of life
    負傷者を救命するスタッフを殴るファンも

などと書き立てた。記事の本文は次のような書き出しになっていた。

酔っぱらったリバプール・ファンが、無法にもスタジアムで救援作業にあたっていたスタッフに襲いかかった・・・ということが昨夜明らかになった。

Drunken Liverpool fans viciously attacked rescue workers as they tried to revive victims of the Hillsborough soccer disaster, it was revealed last night.

そしてスタジアムで暴れまくったリバプールのファンの狼藉ぶりが事細かく報道されていた。リバプール・ファンやリバプール市民にとっては我慢できないような報道をされたわけで、市内ではThe Sunの不買運動まで起こるようになってしまった。

事件の真相究明を求める被害者家族の活動が延々と続く中で、事件から23年後の2012年9月13日付のThe Sunが “THE REAL TRUTH” という大見出しの記事を掲載した。「本当の真実」というわけですね。その前日に事件の究明委員会が、リバプール・ファンによる乱暴行為という事実はなく、事件の真相については警察(South Yorkshire Police)がもみ消しを図っているという趣旨の報告書を発表したのですが、The Sunの「本当の真実」という報道は、23年前の「真実」報道が誤りであったことを認める内容になっていた。

ヒルズバラ事件の本当の真実が昨日ついに明らかになった。96人の無実の命が奪われた悲劇から23年後である。

THE real truth behind the Hillsborough disaster was finally revealed yesterday – 23 years after the tragedy claimed 96 innocent lives.

という書き出しの記事で、The Sunが23年前の報道について「深く恥じ入っており、実に申し訳ないと思っている」(deeply ashamed and profoundly sorry)という内容になっています。

2016年4月26日付のリバプール地元紙のLiverpool Echoの第一面。「嵐のあとに黄金の空が」という見出しでリバプール・ファンの無実の証明を謳っている。

それから4年後の2016年、リバプール・ファンの乱暴狼藉という説が完全に否定されてしまったわけです。今回の判決を伝える新聞各紙はいずれも第一面で大きく伝えていたのですが、なぜかマードック系のThe SunとThe Timesだけは一面トップという扱いではなく、中の面で報道していた。ちょっと可笑しかったのは、最初の版では第一面扱いにしなかったThe Timesが、あとになってやはり第一面で伝えるように方針を変えたという部分だった。

2016年5月1日 up date

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